2015年1月22日

サッカーのアジアカップ2015を観て来ました

前回の投稿で6泊7日の弾丸ツアーなんて言ってたんですが、全然弾丸ツアーじゃないですね、2泊3日でメルボルンに、ニュージーランドのオークランドから来られてる方とお会いして、それこそ本当の弾丸ツアーだと深く反省した次第であります。

何はさておき。

ブリスベンのパブで出会った日本代表アウェーのユニフォームに身を包むオージー達。金曜の夜という事もあり、皆大分飲んで酔っぱらって大騒ぎでした。

昨日、6泊7日のアジアカップ観戦からクイーンズタウンに戻って来ました。

ブリスベンでのイラク戦、そしてメルボルンでのヨルダン戦の2試合を観戦。



ブリスベンの町中で出くわした、アジアカップを宣伝するポスターとバナー。正直そこまでそこら中にあるという程では無く、気を払わないと町で何が起きてるか分からない人がいても不思議ではに感じ。

試合を観て

試合の結果の方はもう皆さんもご存知の様に、

グループリーグ2戦目対イラク、1-0。 こちらが公式チャンネルにあるその試合のビデオへのリンク。

グループリーグ3戦目対ヨルダン、2-0。こちらが公式チャンネルにあるその試合のビデオへのリンク。

これで予選リーグ3試合無失点、全勝の1位で決勝トーナメント進出となりました。

感想はと言いますと、もっと出来ただろうというもの。本田が何度かポストとバーに嫌われた不運はありますが、もう少し点差が開いても良い力の差があったと思います。

何にせよ勝てば勝ち点3だから良いだろうという意見もあると思いますが、我々はアジアのチャンピオン

勝つ時は圧倒的に勝って、もう向こう10年位は歯が立たないと相手に思わせる事の出来るチームだと思います。選手の実力から言ってもグループリーグの他の国々の選手と比べれば、ヨーロッパのチームでプレーする選手も多い訳ですから、そう言う結果を求めてもおかしく無いと考えています。



これはブリスベンのサンコープ・スタジアム。5万2千収容のもので、この夜は22,941人の来場者数。普段はA-Leagueのブリスベン・ロアーのホームです。

注目した選手

これはもう遠藤選手です。2戦目のヨルダン戦で代表キャップ数150を数え、試合後他の選手達から胴上げされていました。この150という数字は歴代日本代表の中でも最多となります。

彼の何が凄いんでしょうか?試合中彼を追い続けて観ていると、気づく事があります。

それは?

滅多に全速で走ってるのを見かけないし、ひょうひょうとふらふらとピッチ上を彷徨ってる風なんですが、ここぞという所に何故かいるんですね。もしくは逆の言い方をすれば、戦況を見分け、次を予測する能力に長けているからそうなる。むしろ彼から始まる事、彼を経由して行く事が多いからそういう風に見えるのだと思います。

この前のブラジルでのW杯で、イタリアの1試合目を観た時に、アンドレア・ピルロ選手を観ていた時にも同じ事を感じました。彼も常にジョギングしてるだけの様なのですが、ピッチ上の至る所に肝心な時に顔を出すんですね。しかももっと驚いたのが、試合後の統計を観ると、イタリアのチーム内でその試合で最長距離を走っていたんですね。全くそんな風に見えない所が凄い所以なのです。

遠藤選手を観ながら、そんな事を考えていました。

イラク戦翌日のトレーニングセッションにお邪魔




イラク戦翌日にはブリスベン市内で日本代表のトレーニングがあり、ひょんな事からお知り合いになったブリスベン在住のサッカージャーナリストの、植松久隆さん(こちらが彼のプロフィールへのリンク)から場所と時間を教えて頂き、お邪魔して来ました。
この日は試合翌日という事もあり、前日試合に出場したレギュラー組は主にクールダウンを兼ねた調整をし、サブ組はボールを使った戦術練習を約1時間半程していました。
練習開始前には、地元の子供達との記念撮影と花束贈呈、試合後にはサインをするサービスもしていました。

日本代表選手達とメルボルン行きの飛行機が一緒

清武選手と長友選手が何やら雑談 。背中はガンバの東口GK。

本田選手が何やらキャビンアテンダントに言ってます。 

 本田選手の後ろ姿。

こちらはアギーレ監督、ちょっとピンぼけ。 

メルボルンの空港に着いたら多くのファンが到着を待っていました。

まあたまたまなんですが、メルボルン行きの飛行機が一緒でした。ブリスベンの空港で飛行機を待っていたら、何やら段々騒がしくなって来て、何かと思ってみてたらわさわさと代表のジャージ姿の人達がどんどんやって来るではないですか。もちろんこの機を逃すまいと、ファンの方々が記念撮影をお願いしていました。

本田選手が一番人気でしたね。彼はやはりACミランでプレーするだけあって、日本人以外の人々にも人気でした。

面白かったのは、
  • 武藤選手ともう一人が、ラウンジで皆が待っている間、ちっこい白い紙コップに水を入れたのをせっせと先輩選手達に届けていた事。しかも両手にコップ一杯ずつだから何度も往復してました。トレイでも借りれば良いのにと思いながら観てました。


これがその時の写真。多分真ん中は長谷部選手で、若手は忙しく歩き回ってて、ベテランは落ち着いて座ってると言う構図。先輩後輩の関係って奴ですね。今時の若者の間でもあるんですね、まだ。

  • それともう一つは、幾つもの小さいグループに別れていた事。本田選手は他の数人とトランプやってて、長谷部選手は一人で本読んで、若手選手は彼等で固まっていてという、何とも普通だなーって言う感じで観ていて面白かったです。

私は煩わせるのも何だと思い、そっとしておいてあげようと、サイン等はもらいに行きませんでした。これが中学生くらいの時だったら、迷わず、間違い無く全員のサインと全員との記念撮影ぐらいやってましたね。

実際大昔小学生の時、読売クラブの選手の殆どに一枚のユニフォームにサインしてもらった記憶があります。
  • 選手全員機内ではマスク装着。これは風邪とかを予防するマスクの事。恐らく健康と体調管理の一環としての事なんでしょうが、最初は多くの選手の調子が悪いのかと勘違いして、おいおい大丈夫なのかよなんて勝手に心配してしまいました。

翌日新聞で見つけたこんな記事

その翌日にこんなスポーツ新聞の記事を見つけました。

『日本代表、異例の格安航空会社での移動』ですって。

と言うより、この記者の方は無知をさらけ出していますね。

ニュージーランドでもそうすですが、国内線でファーストクラスとか無いですもん、ジェットスターはもとより多分カンタスもバージン・オーストラリアも。写真でも分かる様に、真ん中通路挟んで左右に3席ずつのこの機体の飛行機が殆どです、こっちでは。

さもなくば、チャーターするしか無いですよ。

記事だけ読むと、さもサッカー協会かオーストラリアの運営が悪いとも採れる様な書き方に思えるんですが、この記事。

メルボルンで気づいた事






この様に段々と客席が埋まって行き、結局は売り切れの満員。2万5千ちょっとの観客数でした。

メルボルンでのヨルダン戦は、テニスの全豪オープン二日目と同じ日でした。テニスとサッカーの会場は道路を挟んで向かい合ってるという事もあり、多くの日本人の方が、テニスで錦織選手他の日本人選手達を昼間応援して夜サッカーの応援とハシゴしてました。かく言う私もその一人。

ですので、メルボルンのレクタンギュラー・スタジアムは多くの日本サポーターで埋め尽くされた訳なのですが、実際、日本人以外の日本サポーターの数の多さにびっくりしました。

3分の1は日本人以外だったでしょう。もしかしたらあの会場にいた半分かも、そのくらい多かった訳です。

で、気づいたのは、今や日本代表はアジアを代表するブランドにまで成長したという事

これはかつて私が子供時代にブラジルのジーコ、アルゼンチンのマラドーナ、フランスのプラティニに憧れ、雑誌の写真を切り抜き壁に張り付け、テレビで見たプレーを真似したいた時と同じ事なのでしょう。

それと同じ事が今日本代表を中心にして起きているという事実。

何だか不思議な感じがしますし、時が経ったなあと感慨深く思います。86年のメキシコワールドカップ予選のあの木村和司のフリーキックからはや30年ですか...

実際、メルボルンの会場で、試合前に子供達がインタビューされているのがスクリーンに映し出され流されていたのですが、その日本代表のユニフォームを着た子供達が『誰のファンか?』と聞かれた時に、本田選手と香川選手の名前を口にしていました。

恐らくこれは世間一般の人気を繁栄しているのでしょう。

そうですよね、ACミランとマンチェスター・ユナイテッド、ボルシア・ドルトムントですもんね。

日本人がそう言ったヨーロッパの一流クラブでプレーする時代なんですから。更にはそこで背番号10番なくらいなんですから。

ニュージーランドの片田舎に住んで、すっかりそんな風に世界が回っているという事を実感せずにいました。

とまあ、長々と書きましたが、こんな風にして、1週間という短い間でしたが、オーストラリアの滞在を楽しんで来ました。

メルボルンにすっかり惚れ込んでしまいました。

これはまた次の機会に書きたいと思います。

それではまた。